日記続いてるな
8月くらいから始めた日記だけど、1ヶ月続いたし、そろそろ習慣化してきた気がする。たまに手抜きだけど。ポメラD200調子いいぞ。タイピングがしやすい。ちょっと私の肩幅だと、肩が丸まっちゃうのがつらいんだけど、このくらいの文字量だったら毎日続きそう。
最近は言語化するときいろいろ試していて、1つはこの日記。もう1つは音声録音して文字起こししてる。んでAIで概要作ってる。どっちも自分の言葉ではあるけど、文章として入力して出てくる文字、手紙もそうだけど、最初から文字の考えと、発音して出てくるものは違うなって思う。何が違うのかはわからないけど、感覚が違うというか、出てくるものが違う様な気がする。私の場合になっちゃうけど、文字は冷静。発音は感情的な気がするし、言葉の語彙が少ないというか、口語は、伝わりやすさ優先で、文字は圧縮されているような、そんな感じがする。
といってもとりとめの無いことをたくさん書いているので、そこは紙幅の無駄というか、今の社会ではデータの無駄というか。どうせ読んでる人もいないし好きなこと書いちゃえ的な感じでいろいろ書いちゃってる。まとわりつく蠅がうっとうしい中で書いてると、タイピングがミスりがちなのでいらつく。
文字にしたとき「ちょっと」とか「少し」とかをなるべく書かないようにしようとしているのだけど、あと「思う」とか「感じ」とか使わない用にしようとするけど、使いがち。ちょっと少し思う感じは、使ってて、下手だなって思う。無駄な気がする。
今日、東海労金の方が、東白川村労働者協同組合を尋ねてきてくださった。とても誠実にご対応いただき、大変ありがたい。マネー教育の話しや、障害者支援団体さんが映画会をした話しをしていただいた。こちらの情報を聞きに来たというよりかは、ご自身の(労金の)活動の紹介とか、担当の方の活動の紹介がメインだったようだ。1時間半ほど話されて帰って行った。いろんなつながりがあるのはありがたい。いつか助けてくれるだろうか。そのために私は何ができるだろうか。今からできることはないな!と思った。これは正直な感想。もし私が大金を稼いで(もちろんそうなりたいと願っているけど)、その後100万円単位くらいで労金にお金を預けることができたら、それが労金の活動に協力したことになるだろうなと思う。世の中はお金で回っている。仁義とかもちろん必要だけど、マズロー5段階の生存欲求、すなわち、ショウペン・ハウエル「自殺について」の人間の生きる物質的基盤の説明によるとーー即ちそれは、健康を保ち、栄養をとり、湿寒を禦ぎ、性慾を満足させることーーは、お金と引き換えになっているのだ。愛とか情とかではない。現代ではお金が健康を保ち、栄養をとることを叶え、湿寒を禦ぎ、性慾を満足させる(お金で買うだけではなく、性慾を満たすための相手を養うことも含め、性慾を満足させる)のだ。だから、労金さんがお金で人を救おうとする考えは非常に理解できる。お金さえあれば、お金に悩まなければ、人間の生存欲求は基本的には満たされるのだ。
今日はきっとそういう話しをしにきたのではないけど、私の脳内ではそういう結論になった。人間がお金から解放される政策であるベーシックインカムは、人間をきっと新しい悩みに陥れるだろう。それはきっと金銭面ではインフレーションであり、際限の無い欲求の衝突に他ならない。例えば、今1万5000円で行ける風俗は、8万円くらいになるだろう。そうでなければ、そもそも風俗嬢になる価値がないのだから。ベーシックインカムという制度は、現実の資本主義的経済を周りがやっているからこそ、実証実験が成功しているといえようと思う。全員がベーシックインカムを受け取ってしまえば、それは最低限の生活を送るための水準が上がってしまうだけにすぎないだろう。私はそういうくだらない制度は考えるに値しないと思う。なぜなら、簡易的なベーシックインカム実験はすでに日本で行われていて、老人たちの横柄な態度を見れば、日本版ベーシックインカムは失敗していることがわかる。60歳、70歳の暇そうな老人。いつものんびりすごしてテレビを見て、買い物をして、散歩して、スーパーの食材が高くなっただの、贅沢ができないだの言っている。公共交通は乗り放題なのに席を譲れといい、若者はダメだとこけおろし、自分の親の介護を他人に任せて悠々と生活しているのに、自称リベラルで、多様性を認めろと言いつつ、自分には日本人の友だちしかいないような人たち。生かしておく価値があるだろうか?最低限の文化的な生活?勤労と納税の義務に、年齢制限をつけるなと、私は厚労省に提言したい。
話しが大きく脱線したけど、私は労金の方々の話しを聞きながら、こういうことを考えていた。淹れた紅茶がおいしかった。水が沸騰したら火を止めて、紅茶のパックをいれて10分待つ。タイマーが鳴ったらすぐにパックを取り出す。これだけ。我が家の猫のお茶はとてもおいしい。いつもカルディで大きな箱で購入している。緑茶が切らしていて、申し訳ない。松雪園さんに買いに行かなくちゃな。
8月くらいから始めた日記だけど、1ヶ月続いたし、そろそろ習慣化してきた気がする。たまに手抜きだけど。ポメラD200調子いいぞ。タイピングがしやすい。ちょっと私の肩幅だと、肩が丸まっちゃうのがつらいんだけど、このくらいの文字量だったら毎日続きそう。
最近は言語化するときいろいろ試していて、1つはこの日記。もう1つは音声録音して文字起こししてる。んでAIで概要作ってる。どっちも自分の言葉ではあるけど、文章として入力して出てくる文字、手紙もそうだけど、最初から文字の考えと、発音して出てくるものは違うなって思う。何が違うのかはわからないけど、感覚が違うというか、出てくるものが違う様な気がする。私の場合になっちゃうけど、文字は冷静。発音は感情的な気がするし、言葉の語彙が少ないというか、口語は、伝わりやすさ優先で、文字は圧縮されているような、そんな感じがする。
といってもとりとめの無いことをたくさん書いているので、そこは紙幅の無駄というか、今の社会ではデータの無駄というか。どうせ読んでる人もいないし好きなこと書いちゃえ的な感じでいろいろ書いちゃってる。まとわりつく蠅がうっとうしい中で書いてると、タイピングがミスりがちなのでいらつく。
文字にしたとき「ちょっと」とか「少し」とかをなるべく書かないようにしようとしているのだけど、あと「思う」とか「感じ」とか使わない用にしようとするけど、使いがち。ちょっと少し思う感じは、使ってて、下手だなって思う。無駄な気がする。
今日、東海労金の方が、東白川村労働者協同組合を尋ねてきてくださった。とても誠実にご対応いただき、大変ありがたい。マネー教育の話しや、障害者支援団体さんが映画会をした話しをしていただいた。こちらの情報を聞きに来たというよりかは、ご自身の(労金の)活動の紹介とか、担当の方の活動の紹介がメインだったようだ。1時間半ほど話されて帰って行った。いろんなつながりがあるのはありがたい。いつか助けてくれるだろうか。そのために私は何ができるだろうか。今からできることはないな!と思った。これは正直な感想。もし私が大金を稼いで(もちろんそうなりたいと願っているけど)、その後100万円単位くらいで労金にお金を預けることができたら、それが労金の活動に協力したことになるだろうなと思う。世の中はお金で回っている。仁義とかもちろん必要だけど、マズロー5段階の生存欲求、すなわち、ショウペン・ハウエル「自殺について」の人間の生きる物質的基盤の説明によるとーー即ちそれは、健康を保ち、栄養をとり、湿寒を禦ぎ、性慾を満足させることーーは、お金と引き換えになっているのだ。愛とか情とかではない。現代ではお金が健康を保ち、栄養をとることを叶え、湿寒を禦ぎ、性慾を満足させる(お金で買うだけではなく、性慾を満たすための相手を養うことも含め、性慾を満足させる)のだ。だから、労金さんがお金で人を救おうとする考えは非常に理解できる。お金さえあれば、お金に悩まなければ、人間の生存欲求は基本的には満たされるのだ。
今日はきっとそういう話しをしにきたのではないけど、私の脳内ではそういう結論になった。人間がお金から解放される政策であるベーシックインカムは、人間をきっと新しい悩みに陥れるだろう。それはきっと金銭面ではインフレーションであり、際限の無い欲求の衝突に他ならない。例えば、今1万5000円で行ける風俗は、8万円くらいになるだろう。そうでなければ、そもそも風俗嬢になる価値がないのだから。ベーシックインカムという制度は、現実の資本主義的経済を周りがやっているからこそ、実証実験が成功しているといえようと思う。全員がベーシックインカムを受け取ってしまえば、それは最低限の生活を送るための水準が上がってしまうだけにすぎないだろう。私はそういうくだらない制度は考えるに値しないと思う。なぜなら、簡易的なベーシックインカム実験はすでに日本で行われていて、老人たちの横柄な態度を見れば、日本版ベーシックインカムは失敗していることがわかる。60歳、70歳の暇そうな老人。いつものんびりすごしてテレビを見て、買い物をして、散歩して、スーパーの食材が高くなっただの、贅沢ができないだの言っている。公共交通は乗り放題なのに席を譲れといい、若者はダメだとこけおろし、自分の親の介護を他人に任せて悠々と生活しているのに、自称リベラルで、多様性を認めろと言いつつ、自分には日本人の友だちしかいないような人たち。生かしておく価値があるだろうか?最低限の文化的な生活?勤労と納税の義務に、年齢制限をつけるなと、私は厚労省に提言したい。
話しが大きく脱線したけど、私は労金の方々の話しを聞きながら、こういうことを考えていた。淹れた紅茶がおいしかった。水が沸騰したら火を止めて、紅茶のパックをいれて10分待つ。タイマーが鳴ったらすぐにパックを取り出す。これだけ。我が家の猫のお茶はとてもおいしい。いつもカルディで大きな箱で購入している。緑茶が切らしていて、申し訳ない。松雪園さんに買いに行かなくちゃな。
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