精密コードと限定コード
門脇厚司著「社会力を育てる」を読んでる。今42ページ目。子どもたちの教育のため(自分の子どもだけではなく、プログラミング教室に通ってくれている子どもたちも含めて)に読み始めた本なんだけど、なんと、ここで、前妻と私との会話が成立しにくかったのがなぜなのかの解の1つを得ることができた。 「精密コード」と「限定コード」と言うらしい。英国の社会学者バジル・バーンステインが提唱した言語使用の様式です。精密コードは豊富な語彙と複雑な文法を用いて文脈に依存せず意味を正確に伝える表現で、限定コードは限られた語彙や単純な構文を使い共有された文脈に大きく依存する表現を指します。
なるほどたしかにこういうすれ違いっぽい感覚はよくあった。時々ではなくて、毎日何度もあった。私は職業がシステムエンジニアだからこういう話し方をするのかなと思っていたのだけど、違っていた。システムエンジニアになる前から、話し方や考え方はあんまり変わってなかったから、育ち方の問題だったらしい。
家庭環境における文化資本の違いに着目したところで考えると、この本の中で言うような文化資本は我が家にはなかった。だけどエアコンがなくて、毎日図書館に通っていた。図書館で本を読んで、マンガを借りて読んで、雑誌も読んで、いろんな本を読んだ。何を読んだか覚えてないくらい読んだ。私は小中学校に通っていた9年間、ほぼ毎週図書館に行き、夏休みなどは毎日図書館に行っていた。お小遣いもなくて、家にエアコンも無いから、仕方なく行っていたのだ。弟が2人いるけど、弟たちは来てない。しかし、どちらもプログラマーになっている。父親は無線の技術者で、通信アンテナや役場の緊急放送の装置などを作っていた。5時のチャイムが鳴るあのスピーカーと中央装置だ。だけど難しい本が並んでいたわけではない。辞書はいくつかあって借りたことがあるけど、兄弟に本が多かったわけではないし、図鑑がたくさんあったわけではない。けど、やっぱり父親の話す時は精密コードを求められていたと思う。感情で話さず、しっかり全体を把握して会話しないといけないのだ。
だから私の話し方はすっかり感情を置いてけぼりにして会話するので、前妻からも、すこぶる不評だった。前妻となんで結婚できたのかというと、聞くのが上手だったからだと思う。私は、自分のことを話さずに、人にたくさん話させるのが得意なので、彼女はずっと話し続けるタイプだし、相性が良かったのだと思う。私は自分のことを話すと疲れるからあんまりしなかった。
精密コードと限定コードの男女が、お互いに仲良くなるにはどうしたらいいのだろうか。そこについても少し考えないといけないと思う。たいていの場合、そういうの関係無しに、男が女にぞっこんの場合はうまくいくのだろう。女は男のぞっこんに応えれば、結婚できるだろうし、夫婦円満だろう。あーでもこれだと逆もできるし、ケースバイケースか。
前妻は世田谷生まれ世田谷育ちの、生粋のお嬢様かと思っていた時期があった。しかしゴシップが大好きだし、話し方が限定コードだし、どうみても文化資本があるように思えない。読書をすると10秒で寝てしまうので、娘からルイージと言われていた。ちょっとかわいそうだけど、当てはまっているので、本人も否定できないだろう。この前、久しぶりに我が家に娘と前妻が泊まって、早く寝るけどちょっとだけマンガを読もうかなということで、どういうものが読みたいか聞いた上で、海街diaryを勧めた。3時間くらいスマホを見て、その後、海街diaryを読み始めて10ページほどで寝てしまったらしい。10ページだと1話が終わってないと思うので、かなりやばい気がするのだけど、彼女の中では読書っていうのはそういうものなので、何日もかけて読むらしいのだ。がんばって読んでほしい。翌日、続きを読むからという理由で、別の本棚に戻したあたり、彼女の性格が端的に表されているエピソードだと思う。私なら読みかけていても、元の場所に戻す。 世田谷育ちだから文化資本があってしかるべきだと思っていたけど、そういえばご実家にうかがったときには書棚の1つも無かったし、書斎も無かった。父親は野球を見て、母親はDIYとかおでかけとかが好きだったと思う。前妻の家庭のほうが裕福であるはずなのだが、両親が限定コードで会話していたので、私もなかなかなじめなかった。主語が無いから、毎回誰がとかいつですかとか、そういう質問をしないといけないからだ。前妻ともそうだ。今何の話しをしているの?って尋ねながらじゃないと会話ができない時がある。
そういうのに気づくことができてよかった。しかもそういう家庭環境の違いを、会話からくみ取ることができるなんて。すごい会話力になるなと思った。
門脇厚司著「社会力を育てる」を読んでる。今42ページ目。子どもたちの教育のため(自分の子どもだけではなく、プログラミング教室に通ってくれている子どもたちも含めて)に読み始めた本なんだけど、なんと、ここで、前妻と私との会話が成立しにくかったのがなぜなのかの解の1つを得ることができた。 「精密コード」と「限定コード」と言うらしい。英国の社会学者バジル・バーンステインが提唱した言語使用の様式です。精密コードは豊富な語彙と複雑な文法を用いて文脈に依存せず意味を正確に伝える表現で、限定コードは限られた語彙や単純な構文を使い共有された文脈に大きく依存する表現を指します。
なるほどたしかにこういうすれ違いっぽい感覚はよくあった。時々ではなくて、毎日何度もあった。私は職業がシステムエンジニアだからこういう話し方をするのかなと思っていたのだけど、違っていた。システムエンジニアになる前から、話し方や考え方はあんまり変わってなかったから、育ち方の問題だったらしい。
家庭環境における文化資本の違いに着目したところで考えると、この本の中で言うような文化資本は我が家にはなかった。だけどエアコンがなくて、毎日図書館に通っていた。図書館で本を読んで、マンガを借りて読んで、雑誌も読んで、いろんな本を読んだ。何を読んだか覚えてないくらい読んだ。私は小中学校に通っていた9年間、ほぼ毎週図書館に行き、夏休みなどは毎日図書館に行っていた。お小遣いもなくて、家にエアコンも無いから、仕方なく行っていたのだ。弟が2人いるけど、弟たちは来てない。しかし、どちらもプログラマーになっている。父親は無線の技術者で、通信アンテナや役場の緊急放送の装置などを作っていた。5時のチャイムが鳴るあのスピーカーと中央装置だ。だけど難しい本が並んでいたわけではない。辞書はいくつかあって借りたことがあるけど、兄弟に本が多かったわけではないし、図鑑がたくさんあったわけではない。けど、やっぱり父親の話す時は精密コードを求められていたと思う。感情で話さず、しっかり全体を把握して会話しないといけないのだ。
だから私の話し方はすっかり感情を置いてけぼりにして会話するので、前妻からも、すこぶる不評だった。前妻となんで結婚できたのかというと、聞くのが上手だったからだと思う。私は、自分のことを話さずに、人にたくさん話させるのが得意なので、彼女はずっと話し続けるタイプだし、相性が良かったのだと思う。私は自分のことを話すと疲れるからあんまりしなかった。
精密コードと限定コードの男女が、お互いに仲良くなるにはどうしたらいいのだろうか。そこについても少し考えないといけないと思う。たいていの場合、そういうの関係無しに、男が女にぞっこんの場合はうまくいくのだろう。女は男のぞっこんに応えれば、結婚できるだろうし、夫婦円満だろう。あーでもこれだと逆もできるし、ケースバイケースか。
前妻は世田谷生まれ世田谷育ちの、生粋のお嬢様かと思っていた時期があった。しかしゴシップが大好きだし、話し方が限定コードだし、どうみても文化資本があるように思えない。読書をすると10秒で寝てしまうので、娘からルイージと言われていた。ちょっとかわいそうだけど、当てはまっているので、本人も否定できないだろう。この前、久しぶりに我が家に娘と前妻が泊まって、早く寝るけどちょっとだけマンガを読もうかなということで、どういうものが読みたいか聞いた上で、海街diaryを勧めた。3時間くらいスマホを見て、その後、海街diaryを読み始めて10ページほどで寝てしまったらしい。10ページだと1話が終わってないと思うので、かなりやばい気がするのだけど、彼女の中では読書っていうのはそういうものなので、何日もかけて読むらしいのだ。がんばって読んでほしい。翌日、続きを読むからという理由で、別の本棚に戻したあたり、彼女の性格が端的に表されているエピソードだと思う。私なら読みかけていても、元の場所に戻す。 世田谷育ちだから文化資本があってしかるべきだと思っていたけど、そういえばご実家にうかがったときには書棚の1つも無かったし、書斎も無かった。父親は野球を見て、母親はDIYとかおでかけとかが好きだったと思う。前妻の家庭のほうが裕福であるはずなのだが、両親が限定コードで会話していたので、私もなかなかなじめなかった。主語が無いから、毎回誰がとかいつですかとか、そういう質問をしないといけないからだ。前妻ともそうだ。今何の話しをしているの?って尋ねながらじゃないと会話ができない時がある。
そういうのに気づくことができてよかった。しかもそういう家庭環境の違いを、会話からくみ取ることができるなんて。すごい会話力になるなと思った。
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