朝の葛藤

朝の葛藤
モーニングページを書いていたのは、もう1年も前になると思う。あの頃、私は前妻を社長のイスから下ろさなければ、事業の安定運営ができないことを気づいていながらも、なかなか踏み込めずにいた。そのため、窓際族よろしく前妻の仕事を次々と無くしていき、最終的には何もしなくていいというか、何もできないようにすることと、役員報酬を減らすことで圧力をかけていった。そうして、自主的に退職する決意に導くことができた。
このようにひどいと思われるようなことをしたのは、前妻に自分で決断させるためだ。すぐに他責思考になってしまう前妻に、自分で決めさせるためにはこの方法しかなかった。だけど答え合わせで、先日前妻から「あの時退職させられた」と言われた。私のやり方では通じなかったのだと察して、呆れを通り越して納得すらあった。どのようにしても他責思考になってしまうのだなと。自分の役割や責任を全うせずに、のうのうと給料がもらえるはずがない。生きている人間に価値はないのだ。価値は生み出すもので、与えられるものではない。そういう教育を、親から受けなかったんだろうなと思う。彼女の両親は小売店を営んでいたのに、なんとも嘆かわしいことだ。
朝起きると、今は10年日記を書く。モーニングページがA4用紙3枚分なのに対して、10年日記はほんの3行しか書くところがない。その書き切れない情熱を、このブログにぶつけている。
朝起きて、日記を書く。ここでいつもそのまま仕事をするか、のんびりコーヒーを淹れたり、ラジオ体操→新聞とするか、すっごく迷う。まだ毎日のローテーションが固まっていない。本当は仕事を5分だけする方が良いと思う。だけどまだ体が動かない。水分がほしいなとか、いったんリラックスしたいなという欲求が強い。もしかしたら、日記を書いたらすぐに散歩するとかのほうがいいのかもしれない。
ルーティーンを確定することは、トリコのフルコースを探すことのように、毎日探求することの1つになっているような気がする。
最近のルーティーンは、起床→日記→今日のタスクを付箋に書く→洗濯機回す→朝食食べながらアニメ→食器洗い→ラジオ体操→新聞読む→洗濯干す→雑誌読む→ブログへ投稿
ここまではほぼ決まっていて、だいたい2時間のルーティーンになっている。洗濯が2日に1回なので、ない日がある。このルーティーンを起床→日記→今日のタスクを付箋に書く→仕事1タスク→洗濯機回す→朝食に変えたいのだけど、なんかうまくいかない。仕事を拒否している体がある。
やっぱり締め切りが多すぎる、仕事が多すぎるのだろう。もう少しの辛抱だ。いまやっている仕事をしっかり終わらせた上で、新しいルーティーンを探しに行こう。
夜のルーティーンはかなり安定してきた。20時くらいに仕事を終えて、お風呂→晩ご飯→アニメ→皿洗い→ゲーム→就寝
晩ご飯作って食べて片付けをすると、だいたい1時間かかる。お風呂をいれている間に筋トレをほんの少々。ゲームは必ずやるようにしていて、最近は、時間があればスイッチ2でFF7リメイク、時間がないときはスーファミ版のピクロスをやってる。
改善したいことは、明確なのに、なかなか着手できないのはなんでなん?おしえてとんとん

著者

檜の里の片隅に庵を結び、世の移ろいを眺めながら暮らす物書き。
……というのは半分冗談。
地方で暮らしながら、事業、法律、政治、経済、IT、アニメ、本など、興味のおもむくままによしなしごとを綴っています。
専門家でも評論家でもありません。
日々の暮らしの中で考えたこと、学んだこと、面白かったことを忘れぬよう記録しているだけです。
昨日の自分と今日の自分が違うように、ここに書かれた考えも変わっていくかもしれません。
それもまた人の営みとして、ご笑覧いただければ幸いです。

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