広島のある日本のあるこの世界
こうの史代先生の著作は、絵柄の暖かさと圧倒的な時代の辛さの寒暖差が激しいと思う。広島生まれ、東京育ちの自分としては、毎年夏休みに広島県安芸津の祖父母の家に行くことで、小さなアイデンティティを広島に抱いていた。そんな自分が出会った作品ということもあって、大人になってからは、何回読んでも救えない戦争の悲惨さを子どもたちに伝えたいなと何度も思っていた。もちろん広島の原爆ドームや博物館には子どもたちを連れて行った。
数年前、東白川村の教育委員会主催の映画祭で、「夕凪の街、桜の国」を上映した。娘を連れて行った。きっとおもしろくなかったと思う。だけど私たちは、このおもしろくない作品を、ずっと見せ続けないといけないんだなと思った。感動するとかそういうのではなく、ただ、原爆が落ちたあとの日本に生きているということを知ってもらいたい。そう思って、今日、自宅の図書館で、ポップを書いた。娘の友だちとかがマンガを読むとき、ぺらっとでもいいからめくってもらいたいなと思う。
雨の降り始めの音やにおいが好きだ。
本屋さんでふと手に取った本の「はじめに」がおもしろかった瞬間が大好きだ。すぐ買ってしまう。
ボードゲームで勝ったって喜ぶ顔を見るのが好きだ。私はボードゲーム好きだけど下手だ。
いつも電話くれずにLINEだけなのに、自分が行きたいからって電話で誘ってくれるのも、本当はすごく嬉しい。
そういう嬉しかったり、楽しかったり、心が動くような体験をこれから何年も、何十年もしてよかった人たちが、一瞬で消し炭になる。その行為を正当化してはならない。
領地がどうだとか、歴史がどうだとか、そうじゃない。人間が殺し合うことそのものは、ひどく醜いものだ。
ただ、もし私は自分の大切な人が貶められたとき、辱められたとき、大切なものが壊されたとき、加害者を殺してもいいと思うだろう。
心の中に内在するすべての殺人的な葛藤に対して、私は私を認識できているな、今日も正常だなと思う。
こうの史代先生の著作は、絵柄の暖かさと圧倒的な時代の辛さの寒暖差が激しいと思う。広島生まれ、東京育ちの自分としては、毎年夏休みに広島県安芸津の祖父母の家に行くことで、小さなアイデンティティを広島に抱いていた。そんな自分が出会った作品ということもあって、大人になってからは、何回読んでも救えない戦争の悲惨さを子どもたちに伝えたいなと何度も思っていた。もちろん広島の原爆ドームや博物館には子どもたちを連れて行った。
数年前、東白川村の教育委員会主催の映画祭で、「夕凪の街、桜の国」を上映した。娘を連れて行った。きっとおもしろくなかったと思う。だけど私たちは、このおもしろくない作品を、ずっと見せ続けないといけないんだなと思った。感動するとかそういうのではなく、ただ、原爆が落ちたあとの日本に生きているということを知ってもらいたい。そう思って、今日、自宅の図書館で、ポップを書いた。娘の友だちとかがマンガを読むとき、ぺらっとでもいいからめくってもらいたいなと思う。
雨の降り始めの音やにおいが好きだ。
本屋さんでふと手に取った本の「はじめに」がおもしろかった瞬間が大好きだ。すぐ買ってしまう。
ボードゲームで勝ったって喜ぶ顔を見るのが好きだ。私はボードゲーム好きだけど下手だ。
いつも電話くれずにLINEだけなのに、自分が行きたいからって電話で誘ってくれるのも、本当はすごく嬉しい。
そういう嬉しかったり、楽しかったり、心が動くような体験をこれから何年も、何十年もしてよかった人たちが、一瞬で消し炭になる。その行為を正当化してはならない。
領地がどうだとか、歴史がどうだとか、そうじゃない。人間が殺し合うことそのものは、ひどく醜いものだ。
ただ、もし私は自分の大切な人が貶められたとき、辱められたとき、大切なものが壊されたとき、加害者を殺してもいいと思うだろう。
心の中に内在するすべての殺人的な葛藤に対して、私は私を認識できているな、今日も正常だなと思う。
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