葛飾北斎の晩年のペンネーム

葛飾北斎の晩年のペンネーム
葛飾北斎は40歳ごろに「画狂老人北斎」という画号で絵を描いていたそうです。それに倣ってではないですが、私も狂ったように打ち込むペンネームがほしいと思って「鹿庵」という名前をつけました。
最近ではAIと一緒に何かを考えることが多いのですが、今回も例に漏れず、AIと一緒に考えました。私はいつもcopilotを使っています。copilotは頭が固いのですが、整理することが得意なのと、GitHubでも使っているという、なんとなくの安心感があります。
鹿庵翁が生まれたとき、私は、どこにも吐き出せなかった画期的なアイディアや、誰も聞いてくれなかったら愚痴など、暗い文章が書けるようになりました。
これから毎日更新していき、1000日後(約3年後)にこの文章を全部見直したいです。そして、47歳の自分がどのような岐路を迎えるのか、しっかり見届けていきたいと思います。

著者

檜の里の片隅に庵を結び、世の移ろいを眺めながら暮らす物書き。
……というのは半分冗談。
地方で暮らしながら、事業、法律、政治、経済、IT、アニメ、本など、興味のおもむくままによしなしごとを綴っています。
専門家でも評論家でもありません。
日々の暮らしの中で考えたこと、学んだこと、面白かったことを忘れぬよう記録しているだけです。
昨日の自分と今日の自分が違うように、ここに書かれた考えも変わっていくかもしれません。
それもまた人の営みとして、ご笑覧いただければ幸いです。

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