25年前の911

25年前の911
25年前。私は19歳だった。やんちゃ坊主の私はもうすでにでき婚していた。元妻は妊娠6ヶ月くらいだったと思う。大学から家に帰ると誰もおらず、元妻は実家が近かったので、そっちに行ってるのかなと思いつつ、テレビをつけた。あの頃はインターネットがまだ普及しきっていなくて、私たちの家にはインターネット回線は無かった。携帯電話は京セラのPHSだったと思う。テレビをつけると、飛行機がビルにどーんと突っ込んでいる映像が流れた。今日のロードショーの予告かなにかだと思った。大学の課題に少し手をつけようとかばんをがさごそとやっていて、いざ机に向かうと、同じ映像が繰り返し報道されている。元妻が帰ってきて、「今日の映画?」というような会話をした記憶がある。
911の事件は、映像として大きく記憶に残っている。私にとって、イスラム教を初めて意識した瞬間だったと思う。もちろん、知識としてのイスラム教は以前から知っていた。ハムラビ法典とか、目には目をとか。白の2マナのカードで、ダメージを相手に跳ね返すインスタントだなとすぐ思う。19歳の私は高校生までやっていたMtGを結婚と同時にやめていた。2004年に就職して、神河が発売されて復活するのはまた別の機会に話そう。
イスラム教の教義は、平和とはまったく真逆のもので、やったらやり返すというものだ。ちなみに、世界から争いを無くすには、今行われている暴力の応酬に対して、誰かが最後に殴られなければならない。イスラムは、それを絶対に自分たちではないと主張するのだ。そして現在まで、25年間、なにか残虐非道なことが起こると、その中心地はイスラム教関連のように見えた。ガザの紛争は、パレスチナを巡るイスラムとユダヤの争いだし、イランとイラクの戦争からはじまる米国や欧州への復讐。イスラム国と残虐な殺戮シーンの映像など。エジプトから西アジア(中東)は、イスラム教圏とユダヤ人の争いのように思われた。
今日では、アメリカの大富豪のユダヤ人が、イスラム教の国々を使って、世界的な潮流を作っているように思われる。まあこれは都市伝説的なもので、私も陰謀論にかぶれているのかなとは思う。リベラリズムの悪用、LGBTや難民を使った自然な統治の破壊など、恐らくやろうとしていることは、経済の乱高下でしょう。経済が乱高下すれば、差益が生まれるからです。これも予想でしかない。あとは、イスラム教を完全に潰してユダヤ人が安全に暮らすためかもしれません。
今の世界の動きは、何かおかしいけど、何が大本かわからないような恐ろしさがあります。人間が求めるものは、自分の安全であり、家族の安全です。おそらく周囲100人くらいが幸せなら、最低限はそれでいい。そう考えるのならば、世界が混乱していても、自分たちが安全に暮らせるようにするにはどうしたらいいのか、そこだけ考えればいいのであって、逆に言うと、世界が混乱しているほうが、自分たちが安全に暮らしやすいのかもしれない。そういうふうに、誰が一番利益を得るのかと考えると、軍需産業、保険、金の保持者、このあたりが儲かっているのだろうなと思う。

著者

檜の里の片隅に庵を結び、世の移ろいを眺めながら暮らす物書き。
……というのは半分冗談。
地方で暮らしながら、事業、法律、政治、経済、IT、アニメ、本など、興味のおもむくままによしなしごとを綴っています。
専門家でも評論家でもありません。
日々の暮らしの中で考えたこと、学んだこと、面白かったことを忘れぬよう記録しているだけです。
昨日の自分と今日の自分が違うように、ここに書かれた考えも変わっていくかもしれません。
それもまた人の営みとして、ご笑覧いただければ幸いです。

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