歌舞伎保存会の未来を考える

歌舞伎保存会の未来を考える
私は考え続けてしまう人のようで、何をするにも頭から離れない事柄というのは、いったん全部出し切るまで考えようと思っている。考え続けることを途中でやめてしまうと、そのあとに割り込んできたことが中途半端になったり、ミスをしがちなので、今では諦めて、その時の心の持ちようによって様々に考えを続けている。
最近考えているのは歌舞伎保存会の未来についてだ。娘が3年、前妻が8年ほど、役者として舞台に立たせてもらっている。私も少ないけど寄付をしたり、大向こうのまねごとをさせてもらったりした。今年は商工会青年部として歌舞伎50周年を一緒に盛り上げようと企画を出したが悉く却下されてしまった。センスが無いと一蹴だった。歌舞伎保存会の10年後のために私が提案した50周年の会場外の企画は以下のとおりだ。
①駐車場からはなのき会館までの通り道を制限して、飲食スペースと屋台の間の「道」(仮命名「木挽町広場」)を通ってもらうこと。これによってキッチンカー等の売上向上を行う。 ②はなのき会館入口に大型モニターを設置して、中の音と、映像を楽しめるようにすること。木挽町広場の飲食スペースでは、座って食べながら中の様子を楽しめる。 ③大型モニターに映す映像は、ライブ配信のプロに依頼して、臨場感のある映像を放送する。いつものCATVの定点撮影ではなく、本物の歌舞伎映像を提供する。この映像はできればYouTubeにアップしたり、DVDを販売したりする。 ④子ども向けの歌舞伎体験コーナー、出演者のインタビューなど、会場外だけでも盛り上がるようにする。 ⑤移住支援ブースを設けて、役場に担当してもらう。プロの歌舞伎役者さんのファンの方々が多く訪れる予想なので、移住して一緒に歌舞伎をやらないかとアプローチする。 ⑥村の特産品の販売を支援する。
これらは、競馬場とか野球場の場外イベントを参考に考えた。しかし、歌舞伎公演中に「会場外に人がいることはない」という理由で、会場外の施策は認められなかった。もっと他にお金をかけるところがあるらしい。
村ぐるみで、村の4大イベントの1つとして開催される地歌舞伎公演で、あまりにも舞台のみにスポットを当てすぎていると思う。少し例え話をしよう。
映画を観に行くとする。私たち東白川村の村民なら、行くところは関市のマーゴか、各務ヶ原のイオンだろう。どちらもショッピングモール内の映画館だ。
昔よくあった映画館単独の建物だったらどうだろう。映画を観に行く。駐車場に車を止めて、歩く。映画のチケットを買って、開場まで待つ。パンフレットとポップコーンとジュースを買う。映画を観る。終わって出てきて、また車に乗る。こういうことだ。ずいぶん古い映画館なら、ポップコーンとジュースは自動販売機だけかもしれない。パンフレットくらいは買いたいものだ。
これがイオンだったらどうだろう。映画を観る前に喫茶店で時間を潰すかもしれない。映画の後に、本屋でほしかった本を買ったり、カルディで珈琲豆を買うこともできる。ガンダムアッセンブル付きのカードを買うか迷うかもしれない。
家族連れだったらどうだろう。「イオンだったら行きたい」と子どもが言い出す可能性がある。お母さんもしぶしぶついて行く。お父さんは2時間映画を観ている間、ショッピングを楽しむ。お父さんは映画を見終わった後、家族と合流してディナーを楽しむ。ディナー後に、お父さんがいないと買えなかったものをいくつか買わされて、それから談笑しながら帰宅する。
あるいは、娘も一緒に映画を観たいかもしれない。そうしたら、お母さんはショッピングをするから待ってるねと言って、娘と談笑しながらパンフレットを読んだり、ポップコーンを2人用の巨大サイズにしたり楽しむことができる。
さて、私が何を考えているかというと、歌舞伎そのものの価値を、会場外の施策は下げていないということだ。むしろ「もしかしたら観る」人を迎え入れている。そして、今回の企画を却下されたときに、私は根拠を求めたが、「センスがない」と言われてしまった。正直に言って、こりゃダメだと思った。「センス」とはなんだろうか。センスとは情報の蓄積と適切な選択の積み重ねだ。センスとは理由のあるものなのだ。そして、理由があるとは、評価ができるということでもある。「センスが無い」とは2つの意味で使われる言葉だ。1つは集めた知識が間違っていること。もう1つは理由が無い(知識が無い)ということ。「センスが無い」と言われたからには、私には「なぜですか?」と問う権利がある。センスとは再現可能な知識の集合であるのだから、なぜセンスが無いと言うのかは、回答を期待できるのだ。しかし、先日の会議では、「センスが無い」に対する回答が無かった。つまり感情で発言してしまったことを意味する。
私はがっかりした。この企画に対して、感情的になって反対されると思っていなかった。感情的になってもお客さんは増えないし、キッチンカーの売り上げも増えない。歌舞伎保存会の未来は暗いと感じた。なぜなら、感情的なリーダーの下で働ける人は、腰巾着しかいないからだ。リーダーとは、もし自分の嫌いなことであっても、絶対評価軸を動かしたりしてはいけないのだ。それは経営者であっても、消防団の団長であっても同じことだ。その人の気分で、動きを変えることはないはずだ。それは経験とは違う。
何人かの人に相談して、今回の50周年記念興行については、何も言わないことにした。ここに書き殴っておく。ただ、未来については昨日から動き出した。2035年の歌舞伎保存会の未来を考える会というのを作って、話し合いを重ねていきたい。
今年の目標は、各出店者の売上把握、会場内の人数把握、会場外の人数把握、駐車場の利用人数把握、ここまでできればいいだろう。ドローンも借りたらいいかもしれない。駐車場の台数を数えたい。
そこまでして、ようやく1歩目が踏み出せる。指標が無ければ、改善策が生きているのかわからないからだ。感覚で「前回よりも良くなっている気がする」と評価することは簡単だ。だが、例えば広告予算を倍にして、来場者が1割増だったら、広告の費用対効果を考えないといけないだろう。そういう指標がどうしても必要なのだ。10年かけてやるべきことだ。10年かけても10回しかないのだから。

著者

檜の里の片隅に庵を結び、世の移ろいを眺めながら暮らす物書き。
……というのは半分冗談。
地方で暮らしながら、事業、法律、政治、経済、IT、アニメ、本など、興味のおもむくままによしなしごとを綴っています。
専門家でも評論家でもありません。
日々の暮らしの中で考えたこと、学んだこと、面白かったことを忘れぬよう記録しているだけです。
昨日の自分と今日の自分が違うように、ここに書かれた考えも変わっていくかもしれません。
それもまた人の営みとして、ご笑覧いただければ幸いです。

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