一番やってほしくないこと
前妻が友だちの記念パーティーのようなものに参加するとのことで、土曜日から3泊4日で娘を預かっている。今日は3日目で、今小学校に登校していったのでほっとしているところだ。子どもがいるときの朝は慌ただしい。懐かしい感覚になる。末娘が私と暮らしていた期間は、6年半になる。前妻も一緒にいた3年間。その後、前妻が私の同意なく高校に進学する息子と一緒に家を出た。それから2年後、前妻が仕事仲間との飲み会が続き、家事が疎かになって、前妻の次男(当時高2)が、「最近お母さんは夜に出かけるときに妹(当時小1)を自分に預けすぎる。高校受験に集中したい。」と言われた。次男は可児高校在学だったので、勉強量も多い。すぐに末娘を3月に引き取った。結果として、末娘と私は小5の秋まで二人暮らしだった。
二人暮らしが始まって、朝ご飯と晩ご飯のときくらいは、末娘と少し会話をしてほしいなと思って、LINEで電話したりしていた。そのうち「朝はまだ寝てる時間だし、夜は外出が多いから、電話はしないで」と言われてコミュニケーションの手段が無くなってしまった。前妻の生活力の無さを痛感するエピソードだろう。私はその時から、前妻との復縁というか、同居の再開は諦めてしまった。前妻と一緒に暮らした3年間、家事の半分は私がやっていた。専業主婦と家事の量が同じというのは、にわかには信じがたいのだけど、私は家事が苦じゃないので、できていたところもある。前妻はいろんなことが手につかないというか最後までできないので、とにかく積みっぱなしになってしまう。そういうのを片付けてあげてしまうと、「やろうと思っていたのに」と口論になることがあった。小学生みたいな諍いは、枚挙にいとまが無い。末娘にはお母さんの悪口は言わないようにしていたけど、お母さんの態度がけっこうひどいので、あらあらという顔をすることが多かったのを覚えている。
末娘を連れて行かれて、前妻が東白川村に暮らし始めてから1年が過ぎようとしている。先日末娘には一人部屋が与えられたようだが、部屋に籠もって出てこないらしい。末娘いわく、「お母さんは自分のことと悪口ばっかり」ということで、どうやら娘を彼氏役として話しを聞いてもらおうとしているのだろう。女性同士なのだから、交互に聞き合えばいいのにと思いつつ、話しをしてもつまらないよなと同意する。
今きっと、前妻のアイデンティティである誰かの妻であり、誰かの母であることが、失われつつあるのだろう。前妻は能力が低い。これは誇張無しで事実なのだ。そういう人は、妻や母として生きるのが、良いのだと思う。妻や母には、能力は不要なのだ。だが今、子どもたちは巣立って母ではなくなり、別居して妻ではなくなった。事実上、やることが無くなったと言ってもいい。そんな中、私がこの世で一番やってほしくないことの1つを、前妻がやらかしたのである。私の実家に行ったのだ。
前妻の実家と私の実家は、同じ東京都大田区にある。電車やバスを乗り継いで1時間せずにつくだろう。私の実家には今寝たきりの祖母がいて、母が介護をしている。といっても、祖母は胃瘻をつないで、生きながらえている状態である。私は祖母が大好きなので、こういうことをしてしまう母を心の底から良くないと思っていた。そんな寝たきりの祖母と、笑顔の母と前妻の写真が送られてきたのだ。私はこの10年で一番怒ったかもしれない。最近、どんなにひどいことがあってもそんなに怒ったことがないと思えた。
私は三兄弟の長男だ。両親は次男三男のほうに比重を置いていて、私はあんまりかまってもらえるほうではなかった。両親との会話もほとんどなかったと思う。私は弟たちが両親と会話をしているのを聞いていることが多かった。そういうわけで、私は両親があまり好きではないのだ。好きではないというよりも、家族という以上のつながりがないというか、そういう状態だ。なので、別居している前妻が母に会いに行くことが信じられなかった。なぜ?どうして?何の理由があって私の実家に行ったのだろう。そして、私が好きな祖母が胃瘻でつながれて苦しみながら生きている姿と一緒に笑顔で写真を撮れる母と前妻の気持ちが理解できなかった。あの人達は何をしているんだろうか。祖母を苦しみぬいて死なせたいのかなと思う。昨日の夜は、怒りすぎてなかなか寝れなかった。せっかく晩ご飯がおいしくできたのに、残念な夜になってしまった。私は両親がすきではないことは、何度も前妻に伝えている。それなのに、私に黙って実家を訪れて、祖母との写真を送ってくるなんて。私の気持ちにどうしても寄り添えないんだなと思う。エーリッヒフロムの愛するということに書いてあるとおりで、愛は知識と技術の上にあるものだと、私も直感的に認識している。なのでこういう前妻の行動は、ある意味では知識が無いこと。考慮不足は技術が無いことなんだろうなと理解できる。だけど理解できることと、許せるかどうかは別なのだ。私は昨日怒ってしまった。電話しなくて本当に良かったと思う。相手は実家に滞在しているのだ。義両親に心配をかける必要は無い。これが愛でなくて、なんなのだろうか。そういう配慮は前妻には伝わらないのだと思う。なぜなら、配慮をする技術が無いからだ。
末娘は来年中学生なのだけど、日常生活を維持できるのだろうか。不安で仕方ない。最近ごはんもチャーハンとかカレーとか、お皿1つみたいな料理が多いらしい。健康も心配だ。末娘が高校進学のときに一緒についていく可能性もある。末娘のためにも今から対策を考える必要があるかもしれない。高校は寮があるところに行かせるとかだ。岐阜高専とか、そういう親がついて行けなさそうなところに行ってくれたらいいのだけど。きちんと会話するほうがいいだろうと思う。
前妻が友だちの記念パーティーのようなものに参加するとのことで、土曜日から3泊4日で娘を預かっている。今日は3日目で、今小学校に登校していったのでほっとしているところだ。子どもがいるときの朝は慌ただしい。懐かしい感覚になる。末娘が私と暮らしていた期間は、6年半になる。前妻も一緒にいた3年間。その後、前妻が私の同意なく高校に進学する息子と一緒に家を出た。それから2年後、前妻が仕事仲間との飲み会が続き、家事が疎かになって、前妻の次男(当時高2)が、「最近お母さんは夜に出かけるときに妹(当時小1)を自分に預けすぎる。高校受験に集中したい。」と言われた。次男は可児高校在学だったので、勉強量も多い。すぐに末娘を3月に引き取った。結果として、末娘と私は小5の秋まで二人暮らしだった。
二人暮らしが始まって、朝ご飯と晩ご飯のときくらいは、末娘と少し会話をしてほしいなと思って、LINEで電話したりしていた。そのうち「朝はまだ寝てる時間だし、夜は外出が多いから、電話はしないで」と言われてコミュニケーションの手段が無くなってしまった。前妻の生活力の無さを痛感するエピソードだろう。私はその時から、前妻との復縁というか、同居の再開は諦めてしまった。前妻と一緒に暮らした3年間、家事の半分は私がやっていた。専業主婦と家事の量が同じというのは、にわかには信じがたいのだけど、私は家事が苦じゃないので、できていたところもある。前妻はいろんなことが手につかないというか最後までできないので、とにかく積みっぱなしになってしまう。そういうのを片付けてあげてしまうと、「やろうと思っていたのに」と口論になることがあった。小学生みたいな諍いは、枚挙にいとまが無い。末娘にはお母さんの悪口は言わないようにしていたけど、お母さんの態度がけっこうひどいので、あらあらという顔をすることが多かったのを覚えている。
末娘を連れて行かれて、前妻が東白川村に暮らし始めてから1年が過ぎようとしている。先日末娘には一人部屋が与えられたようだが、部屋に籠もって出てこないらしい。末娘いわく、「お母さんは自分のことと悪口ばっかり」ということで、どうやら娘を彼氏役として話しを聞いてもらおうとしているのだろう。女性同士なのだから、交互に聞き合えばいいのにと思いつつ、話しをしてもつまらないよなと同意する。
今きっと、前妻のアイデンティティである誰かの妻であり、誰かの母であることが、失われつつあるのだろう。前妻は能力が低い。これは誇張無しで事実なのだ。そういう人は、妻や母として生きるのが、良いのだと思う。妻や母には、能力は不要なのだ。だが今、子どもたちは巣立って母ではなくなり、別居して妻ではなくなった。事実上、やることが無くなったと言ってもいい。そんな中、私がこの世で一番やってほしくないことの1つを、前妻がやらかしたのである。私の実家に行ったのだ。
前妻の実家と私の実家は、同じ東京都大田区にある。電車やバスを乗り継いで1時間せずにつくだろう。私の実家には今寝たきりの祖母がいて、母が介護をしている。といっても、祖母は胃瘻をつないで、生きながらえている状態である。私は祖母が大好きなので、こういうことをしてしまう母を心の底から良くないと思っていた。そんな寝たきりの祖母と、笑顔の母と前妻の写真が送られてきたのだ。私はこの10年で一番怒ったかもしれない。最近、どんなにひどいことがあってもそんなに怒ったことがないと思えた。
私は三兄弟の長男だ。両親は次男三男のほうに比重を置いていて、私はあんまりかまってもらえるほうではなかった。両親との会話もほとんどなかったと思う。私は弟たちが両親と会話をしているのを聞いていることが多かった。そういうわけで、私は両親があまり好きではないのだ。好きではないというよりも、家族という以上のつながりがないというか、そういう状態だ。なので、別居している前妻が母に会いに行くことが信じられなかった。なぜ?どうして?何の理由があって私の実家に行ったのだろう。そして、私が好きな祖母が胃瘻でつながれて苦しみながら生きている姿と一緒に笑顔で写真を撮れる母と前妻の気持ちが理解できなかった。あの人達は何をしているんだろうか。祖母を苦しみぬいて死なせたいのかなと思う。昨日の夜は、怒りすぎてなかなか寝れなかった。せっかく晩ご飯がおいしくできたのに、残念な夜になってしまった。私は両親がすきではないことは、何度も前妻に伝えている。それなのに、私に黙って実家を訪れて、祖母との写真を送ってくるなんて。私の気持ちにどうしても寄り添えないんだなと思う。エーリッヒフロムの愛するということに書いてあるとおりで、愛は知識と技術の上にあるものだと、私も直感的に認識している。なのでこういう前妻の行動は、ある意味では知識が無いこと。考慮不足は技術が無いことなんだろうなと理解できる。だけど理解できることと、許せるかどうかは別なのだ。私は昨日怒ってしまった。電話しなくて本当に良かったと思う。相手は実家に滞在しているのだ。義両親に心配をかける必要は無い。これが愛でなくて、なんなのだろうか。そういう配慮は前妻には伝わらないのだと思う。なぜなら、配慮をする技術が無いからだ。
末娘は来年中学生なのだけど、日常生活を維持できるのだろうか。不安で仕方ない。最近ごはんもチャーハンとかカレーとか、お皿1つみたいな料理が多いらしい。健康も心配だ。末娘が高校進学のときに一緒についていく可能性もある。末娘のためにも今から対策を考える必要があるかもしれない。高校は寮があるところに行かせるとかだ。岐阜高専とか、そういう親がついて行けなさそうなところに行ってくれたらいいのだけど。きちんと会話するほうがいいだろうと思う。
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