なぜ失敗続きなのか

なぜ失敗続きなのか
誕生日に嫌なことがあって、といってもたいしたことでは無い。私の希望を叶えてほしい人に、叶えてもらえなかっただけだ。ムーミン名言集にあるように、一番いいものを望んで、良くない結果でも受け止めろよと、そういう類いのものだ。ただ一言余計に応戦してしまったので、私はまだまだ成長できると確信している。次は応戦しないように努めたい。
私は20年社長をしてきた。起業した会社は4つ。そのうち2つはもう閉じていて、あと2つが動いている。私はいつも失敗してきた。というよりも、売上が足らないときが多すぎたというべきだろう。なぜなのか。それは、長期的によりも、短期的な売上を欲するあまりに、いろいろ策を弄しすぎた結果だと思う。私はお金が無かった。
25歳で起業してから、一心不乱に明日で44歳だ。20年はとても長いので、今年は周年記念の年だと思う。もうすぐ20年。この年に花を添えたいものだ。
私はなぜ失敗してきたか。お金が無かった。そのために余裕が無かった。時間的余裕、心の余裕が無かった。ただ体力があったから、過度な仕事はできたのだ。おおいに働いた。
今はどうだろうか。前半10年は、駆け足で失敗した。毎年積み上がっていった負債を、素晴らしい出会いで解消してもらった。麻雀ZOOの池田会長と長安社長には頭が上がらない。古達さんは元気だろうか。
後半10年は岐阜に来てからだ。ゆっくりとじっくりと減っていく負債を横目に、新しく会社を作った。ただ、起業の目的が良くなかった。出て行った妻を食わせるために、会社の事業形態を変えざるを得なかったのだ。よくなかった。10年分の経験値が無に帰すように、私の負債はまた増えていった。ようするにこの後半10年は、私の愛する技術が足りなかったとも言えよう。前妻に対して、もっと厳しく対応すべきだった。前妻の息子2人は、かなり迷惑をかけてしまった。自立すべきところで、自立できなかった。これは痛かった。予想外の一言に集約される。万策尽きた。30後半で経験値もそこそこあり、なかんずく大きな波がない状態だったところだけに、突然の別居宣言。そして翌日には車で東京の実家に行ってしまうという、あまりにも暴挙だと思った。混乱した状態で決断したことは、ふりかえれば失敗に近いものだ。私の後半10年間の負債の増額は1000万円に達して、前妻とは完全に離別した。
さて、今、生まれて初めて、自分の両肩に何の重しもない状態にいる。昨年引き継いだ代表取締役の仕事については、ほとんどが年度末までに片付いた。税の支払いがまだ一部未解消なのだが、百万円以上納税した後なのだから、許してほしいものだ。許されないので、そろそろ対応しなければならない。
今月の売上は30万円しかなかった。しかし赤字にならない。なぜなら支出が少なくなったからだ。来月の大きな売上でカバーできる。
5年前であれば、支出が400万円近くあった。前妻をはじめ、従業員がいたためだ。社保もたくさん払ってきた。今では考えられないくらい無駄だった。 もちろん人間のつながりや協力としては有意義だったと思う。問題は金銭的なことだ。私にとって毎月400万円を稼ぐためには、少なくとも前妻や従業員はスキル不足だっただけだ。この点は、私の選考によるものなので反省したい。今ならAIがほとんどの業務を代行してくれる。おかげで、プロンプトさえ書ければ、たった10万円でシステムが完成する時代になった。
ここから先、私は自分のために事業をして、自分のために会社を育てていく。ただし、それが人のためになるようにしたい。人のために事業をして、それが人のための会社を育てていくようにしたい。自分のためといいつつ、結局人のためになる。これが理想論だ。問題は金である。
人生の大半の悩みは、金で解決できるのだ。睡眠、栄養をとること、湿寒を防ぐこと、性慾を満たすこと、まずはこれを金で解決しようではないか。そのための事業をする。できれば、この事業ですら、睡眠、栄養、湿寒を防ぐこと、性慾を満たすことを目指したいものだ。だから、ホテル・飲食店やお惣菜や・図書館や本屋さん・コワーキングスペース・ラブホテルや風俗店など、地べたの仕事がしたい。できれば農業や林業にも携わりたいものだ。
金が金を生むではなく、金が人々を守って、それが金に換わるのがいい。守った結果、人が育つといい。そういうことができる次の10年でありたい。

著者

檜の里の片隅に庵を結び、世の移ろいを眺めながら暮らす物書き。
……というのは半分冗談。
地方で暮らしながら、事業、法律、政治、経済、IT、アニメ、本など、興味のおもむくままによしなしごとを綴っています。
専門家でも評論家でもありません。
日々の暮らしの中で考えたこと、学んだこと、面白かったことを忘れぬよう記録しているだけです。
昨日の自分と今日の自分が違うように、ここに書かれた考えも変わっていくかもしれません。
それもまた人の営みとして、ご笑覧いただければ幸いです。

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