手紙もらった

手紙もらった
前妻の誕生日に、私はあなたが東京に移住する(戻る)としても、応援するよって書いた。それのアンサーの手紙をもらった。昨日は私の誕生日だったというのもある。
私は、日常的な喜びを積み上げるタイプのようで、例えば、掃除、洗濯、ごはんを作るとか、仕事が終わるまで待っててくれるとか、朝晩の挨拶とか、そういうのができなければ家族じゃないと思う。例えば単身赴任したとて、朝おはようってLINEいれるだろうし、夜は通話しながら晩ご飯食べるだろうと思う。そういうのができなければ家族を持った男が単身赴任していると言わないし、ただの別居だろう。その考えをわからないと言い続けている前妻には、何を言ってもダメなんだと思う。常に反論し続けるので、もし仮に私の言うとおりになったとしても、けっして私の言うとおりになったのではないと言い張るだろう。手紙にはそのようなことが書いてあった。東京に戻りたいわけじゃない、村にいたいということらしい。もし村にいたいのならば、末娘があと3年で高校進学なのだから、寮に入ったら本当に 村に残るのかを確認すればいいだけなのだ。この手紙が本当だったのかどうかは、すぐにわかることだ。論より証拠。言葉ではなく、どう振る舞うかが重要なのだ。あと3年待って、答えを見つけよう。私は3年後に前妻達が村を離れたら、家を建てる計画を進めようと思う。
地歌舞伎の話し。会長がFacebookに「俺のパワハラまがいの要求に良くついてきてくれた」というようなことを書いていた。はっきり言って不愉快である。来年は保存会の体制が変わらないのであれば、商工会青年部は手伝う必要は無いと思う。パワハラといいうか、理不尽であった。却下する必要の無いものを却下し、採用すべきでは無いものを採用した。50周年記念Tシャツにいくらかけたのだろう。10万円?100着以上あったと思うので30万円だろうか。30万円あったら、プロに頼んで当日の動画が撮れたのではないだろうか。Tシャツや手ぬぐいは、なぜ50周年と銘打ってしまったのだろう。余ったら来年売ればいいのだから、東白川村歌舞伎というだけではダメだったのだろうか。来てくださったお客さまの住所を集めて、来年この方々にチラシを送ってまた来てもらえるようにしたら良かったのではないだろうか。
すべてが配慮不足。この1回のためだけに、勝手にやって勝手に終わった。クラウドファンディングの開催後のお礼のメッセージや、当日の様子すら届いていない。次の10年のための施策が1つも無い、そんな会に思えた。

著者

檜の里の片隅に庵を結び、世の移ろいを眺めながら暮らす物書き。
……というのは半分冗談。
地方で暮らしながら、事業、法律、政治、経済、IT、アニメ、本など、興味のおもむくままによしなしごとを綴っています。
専門家でも評論家でもありません。
日々の暮らしの中で考えたこと、学んだこと、面白かったことを忘れぬよう記録しているだけです。
昨日の自分と今日の自分が違うように、ここに書かれた考えも変わっていくかもしれません。
それもまた人の営みとして、ご笑覧いただければ幸いです。

コメント

コメントする

目次